久しぶりの『pesceco(ペシコ)』

 数日前に、久しぶりにペシコに行ってきた(my wifeと)。
去年の2月のパティオコンサートの夜にパティオと行ったきりだった。
数年前に国税が入った時にペシコの領収書の束にビックリしていたのだが・・・。
イベントがあると、その打ち上げはペシコに行く事が多いのだが。

ペシコの井上君との付き合いは長い。
彼が島原に帰ってきて、父親の居酒屋を手伝っていた時から、彼の料理を食べている。
なんと、もう11年も彼の料理を食べ続けている。
スーパーいのうえの後ろで父親(うちの妹(長女)と同級生)の居酒屋で何年かやり、『ゆーもあ亭』の隣に自分の店を出す。
その後、今の場所(海沿い)に2018年8月に店を出す。

仲間達とはほとんど一緒に行っているのでは・・・。
皆、絶賛する(特にここ数年)。
仲間には食通が多い。
そのNO1が、福岡のK社長のパートナーのMちゃん。
彼女は絶対味覚を持つ女だ(全ての料理を再現できると豪語する)。
有名シェフの知り合いも多い。
東京では小料理屋をやっていた事もある(超人気店だったらしい)。
今でも福岡の有名店を食べ歩いている。
新しくなってからK社長とMちゃんと行ったのだが、そこでM ちゃん絶賛(彼女達とは前の店にも1回行っていた)。
「この1年で一番美味しかった」
前の店からの進化にビックリしていた。
その後もお忍びで福岡の社長連中と来ているみたい。

雑誌、TVにもよく取り上げられている(ミシュランの一つ星も獲得)。
年末の24日(木)にはEテレ『連食テレビエッセー きみと食べたい ~長崎県・島原編~』
いい番組でしたよ。
NHKなので、ペシコのぺの字も出ませんでしたが・・・。
以前は東京からのお客さんがメインだったが、今は大阪、福岡などが多いと言っていました。
2,3か月は予約が取れないみたいです。


 彼とは前世も深い関係があり、300年程前の中国王朝時代の竹馬の友、高め合う存在、彼は昔から極める人、誠実な人。
彼が大好きなボクは、彼のために福岡の美味しい店の味をと、K社長にお願いし、K社長行きつけのイタリアン(会員制)に一緒に行く(Mちゃんも一緒)。
その時は、行き帰りの車の中の会話、止まらなかったな。
年の差、26歳かな。
子供というより、やはり同志だな。

https://89343703.at.webry.info/201803/article_3.html

彼の料理は、以前タロット松尾と一緒に行った時に先生が言った一言に尽きるかな。
「彼の料理は、右脳を喜ばさせる」
天才とは彼の事を言うのだろう(彼の数秘は30-3)。
発想が凄い。
見た目では味が予想できない。
食べると、いくつもの味がコラボする。
まず匂い、見た目を楽しみ、そして食する。
まさしく、至高の時。

この数年の彼の進化は面白すぎる。

今日のメニューの紙に書いてある文章。
うーん、これに尽きるな。

【わたしたちの料理は
山に湧水を
汲みに行くところから始まります。

「里山ガストロノミー」

ガストロノミーとは
自然と文化の共存だと考えています。

この土地の山と海がもたらす自然の恵みと
里浜の守り継がれた人々の文化を
お皿を通して
楽しんで頂ければ幸いです。

     井上稔浩 】



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 下記は7年前に彼が書いた文章(広報を彼に依頼)だが、現在その通りになっている。
強い思いって凄い。 


広報NO.24 2014.7.12発行

先生より・・ 

 広報を書く時、まず依頼した人の文章を読んでから書くのですが、今回の文章には魂をぶち抜かれました。
半端じゃない「思い」を感じました。途中で出てくる仙台のイタリア料理店の氏、これはテレビ番組「情熱大陸」にも出演したことがある『アルフィオーレ』の目黒浩敬シェフです。5月8日、彼と目黒シェフのコラボの食事会が『Ino』で開かれました。その時の楽しそうに料理する2人、2人の「思い」とその関係に超感動しました。それ以降、彼の料理は変わりました。
行くたびに進化を感じます。近くの農家で取れた野菜、その辺で彼が摘んできた野草、それが彼の「思い」で命を吹き返す。まだ彼は28歳、島原の食材だけで作るイタリアン、それを日本中の人が食べに来る、そんな状況が目に浮かびます。
それだけのポテンシャルを彼は持っています。食材の宝庫島原の底力を見せつけてくれ、井上君!
 今回は「思い」について書いてみます。皆さん、「熱い思い」で生きていますか? 私は「熱い思い」で皆さんを診察しています(うちのスタッフ達も熱いですよ)。「思い」の根底にあるのは愛です。それも無償の愛です。 井上君にとって最高のご褒美は「おいしかった」と言う言葉、私にとっては「治りました」と言う言葉と笑顔だと思っています。
その言葉と笑顔のために一生懸命やっています。これだけでいいのでは・・・。その積み重ねが幸せを運んでくるのでは。
好きな事をただたんたんと「思い」を込めてやっていく。やらなければいけないという義務感でやっても、本人はおもしろくないし、やられている方も何も感じない。全ての事に対して「思い」を込めてやっていく(抜かなければいけない時は抜いた方がいいが)。人生ってそんなに長くない。いかに「思い」を込めて生きたか。それが一番わかるのは死ぬ時かな。「思い」を込めてずっと生きていきたいな・・・。

先生のお友達 ・・ 井上稔浩さん

 皆さん初めまして。島原でイタリア料理「Ino」 のシェフをしてます井上稔浩と申します。 今回、松下先生からお声がかかり、こうして書かせて頂きました。僕がどう、料理を作ってるか・・・。僕は、イタリアに行ったことがありません。有名店で働いたこともないです。ではなんでイタリア料理を作るのか。カッコいいではないですか。初めはそうでした。そんな軽い気持ち。しかし、どうせやるなら、とことんやる主義でして、専門書を毎月十冊。これをひたすら読む。憧れのシェフのレシピをひたすら作る。気になった店は実際に食べに行く。そんなこんなで、なんなりとそれなりに作れるようになりました。そうです。独学です。ただ、そこで壁ができます。イタリアに行ったことがない人間がイタリア料理を作る。 おかしいですよね。イタリアでイタリア人が日本に来たことないのに、これが日本料理だといってるのと同じです。悩みました。料理を作りたくない日々が続きます。ふと雑誌で目に止まった、仙台のイタリア料理店。氏に、問いかけるよう導かれ、強行弾丸ツアーを組み、訪れます。今思えば、偶然だけではなく、必然。そこでその方の人間性、そして料理でも心を奪われる。今まで食べ歩いたどんな料理店でも感じることができないものを感じました。僕はこの方を勝手に師としました。イタリア料理はただの言葉。たしかにその憧れで今までやってきた。島原にいるんだから、島原でしかできない料理があるはず。食べるのは日本人です。イタリア料理は地方料理の集約です。フランスや中国みたいに料理が固定されてなく、その州、その町の料理です。みんな、自分の町が一番だと、イタリア人は言います。島原という町で島原に反映した料理を創る。そう決めました。たしかに、お金を出せば東京から、熊本から色んな食材が手に入ります。それでは島原でやる意味なんてないかなと。島原には恵まれた大地、海、湧き水、色んな生産者、食に、関わる人沢山います。全うにやれど、理に合わず、生活のために諦めてしまう。それでも戦う人もいます。平等と言う不平等。それが悪いとは思いません。人、1人の選択です。その食材がどんなして、どうあるか、なんでもいいなら、それなりのところはいっぱいあります。お皿には物語があります。この野菜を作った人、この食材に関わらしてくれた人、そしてお客様が食べるに至るまでストーリーがあります。常連のお客様によく言われます、洗練はされてない。いい意味で素朴だ。それが凄く嬉しい。普段目にしてる、食材、イタリア料理か何かわからないだけど
懐かしい。何か同じだけど何か違う。いいよね。なんだろう。そう言う感じ。目に見えない「思い」をなんとなく感じえる。
食は人を豊かにする力があります。なんのために働くか、食べるためです。はっきりいって、うちは変です。メニューと言うメニューはないです。おまかせになります。見た目はレストランではないです。去年まで居酒屋でした。今もレストランではないです。
自分では食堂と思ってやってます。特別な日に来て頂けたらリストランテの味を目指しますし、家族でこられ わいわいしたい時には食堂の料理を作ります。お客様に合わせてます。いい意味で、今はなんでもやります。多分十二年後はやりません。目標はオーベルージュ。未熟者ですが、今、僕を支えてくれる心あるゲストに感謝し、僕を育てくれる師への敬意。いつも身を呈して心ある生産者、大切な家族。いつか恩返しができるよう、また次世代に紡げるよう、頑張ります。大切な方と二人でカウンターに来てみて下さい。心をこめ、料理させて頂きます。



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